星を飾る国 chelcy
プロローグ
暗い洞窟を歩く一人の少年がいた。
ここは何処か、いつから居たのか。彼にその記憶はなかった。
思い出そうとしたがここ数日、数週間、数年いやもっとだろうか。歩くたびに、呼吸をするたびにまるで記憶が脳から剥がれ落ちていくかのように消えていく。
それからまた数日、彼はまだ歩いていた。
不思議と疲れを感じない。空腹も感じない。この食べることも、休むことも必要に感じない不思議な状態だがそんなことへの疑問はとうの昔に考えなくなっていた。
永い暗闇のなかで終わりの来ない孤独。それは人を悟りの境地へと導くのだろうか、彼の心は徐々に無へと近づいていた。
そんなある日のこと、朦朧と歩き続ける少年の目にポツンと灯りが見えた。
いつの間に現れた光景なのだろうか。その灯りは一本の街頭のようで、その灯りが届く辺りだけはまるで古いヨーロッパの街角のようだった。そして、その灯りの下に一人の老人がベンチに腰を掛けていた。
少年は老人に近づくとこう質問をした。
「あなたは誰ですか?」
老人はにこりと笑顔を返すと、ポケットからパイプを取り出しマッチに火をつけた。そして、
「ほっほっほ。じゃあ、同じ質問したら君はなんと答える?」
少年は困った顔をした。もう自分が何なのか思い出せなくなっていたのだ。
「忘れられないこと。忘れてしまいたいこと。それすら思い出せなくなる。わしの存在もお前さんにとってはそれと一緒、どうでもいいことさ。さあ、先へ進みなさい。」
少年は老人にお辞儀をするとまた前へと進み始めた。
そして暗闇へと向かう少年の後を追うように青白く光る一羽の蝶がひらひらととんでいった。
「そうか、お前さんもか・・・。暗闇の先に光があらんことを」
老人はそう呟くとパイプをくわえ白い煙を漂わせると暗闇へと消えていった