とりかごの鳥
この村は全ての子供は9歳を迎えると教室へ3年間通うようになる。老人たちが交代で魔法の基礎や文字、魔方陣などを指導するのだが そこにリリの姿はなかった。
村でただ一人、魔力を持たないリリにとってこれ以上につらい場所はなかった。
最初はおもしろがって茶化す男の子もいた。それをいつも慰めるてくれる友達もいた。
だがリリにとってそれはどちらも同じ辛い事だった。
9歳の冬を迎えたころ、与えられた教材に魔方陣が記された本と模写をする為のノートがあった。
もしかしたらとリリはひそかに猛勉強をした。
部屋にこもり何度も繰り返し、寝る間を惜しみ、すべての気力をその本に注いだ。
筆は擦り減り、寒さに震える指は肉刺で何度も血が滲み、それでもとあくる日もあくる日も魔方陣を写しつづけた。
複雑な魔方陣は通常1~3つ記憶できれば優秀と言われるものを
努力の末、100あるそれらを速筆で描けるようになり、いつの間にか目を閉じれば全ての魔方陣が完璧にイメージできるようになっていた。
寒空のした人目と雪をかき分け、地面に描いた魔方陣は完璧だった。
でも白い息を漂わせ何度も唱えた呪文は、時間と日差しだけが消えていくだけだった。喉が枯れきったころには涙が止まらなくなっていた。
あれだけの努力も情熱も魔法を発動させる熱に作用することはなかった。
無情だった。
心の中の芯みたいな物が砕ける音が聞こえた。
この才能と努力を注いだ行先が間違っていたのか、それとも生まれた環境が間違いだったのか。
この結果はリリにとって残された道や未練を打ち壊していくには十分だった。
この一族で魔法が使えない者は出来損の烙印を押されたことを意味する。
抗っても藻掻いてもそれを受け入れられないままで、閉鎖されたこの小さな村でリリは孤独な存在となってしまった。
冬の終わりが訪れてもリリはずっと部屋にこもりベッドに転がっては、何もない部屋の天井を見上げて過ごしていた。
窓の外を見れば冬の寒さが残る青空を大きな羽の鳥が飛んで行った。
あんな風に自由に生きられたら。まるでこの村が鳥かごのように思えていた。
私はなぜ自由になれないのだろうか。
いまだに夢をみる。あの儀式は何かの間違いで私の手のひらから光があらわれる。
そしてお父さん、お母さん、お姉ちゃんと笑ってハイタッチをする。
その妄想の終わりはいつだってこう。
私の頭を強い力で撫でるお父さんが、「凄いぞ、リリ。よく頑張ったな」って。。。
溜息とともに目が覚め、「ああ、これもまた夢か」と、また憂鬱になる。
ドアの向こうから家族の声が聞こえた。
「今日から苗を植えるのよね。忙しくなるわね。片付けたら手伝うわ」
「私、今夜は遅くなるから晩御飯はいらない。いってきます。」
毎朝、リリは遅れて部屋をでた。家族と顔を合わせる機会をなるべく潰していた。
お母さんは私が一人でも食事が出来るように必ず一食分をキッチンに用意してくれた。
私はその気遣いに虚しさを感じるようになっていた。
冷えたスープと固くなったパンをかじり終えると私はまた一日中部屋にこもる。
死にたいわけではない。死ぬのは怖いけど、ここで生きる理由って私には何があるのだろうか。
リリはそんな事を一日中考えながら、天井を睨む日が続いた。