魔法使い リリ ③

好奇心の始まり

ある日のことだった。

いつもの朝、いつもの時間にリリは部屋を出た。ところが気が付くと暗いキッチンではなく、何故かドアの前に立っていた。「どうして?」そんな疑問を抱く間もなくギギギと音を立て、ドアがひとりでに開いた。

 

暖かい陽の光がリリの顔をてらした。心地のいい春風がリリのシャツを通り過ぎると「そうか、もうこんなに暖かくなっていたのか」と気が付いた。誰かに背中をそっと押されたように自然と足が動き出した。

庭を横切って木の柵ぴょんっと飛び越えた。小道を進み、小鳥のさえずりをくぐりながら小川のアーチを渡ると小さな蓮華草が幾つも風に揺れる原っぱが広がった。気持ちが良くてリリはいつものように寝そべった。

 

天井でもなく窓ごしでもない、青空を見上げながら遠い雲をあおいだ。

 

「ああ、冬の澄み切った空気も好きだけど、春はもっと好きだ。」

青い空と白い雲の境目を繋ぐように綿毛の群れが横切っていく。

 

こそばゆい左手にはありんこが迷いこんでいた。そっとタンポポに帰してやるとてんとう虫が驚いて飛んでいった。

 

ふと気付く、空と大地の間にはこんなにも沢山の命が活動している。必死で生きている。私の周りで色鮮やかな生命が生き生きと活動している、こんなにも見てくれと主張するように。

 

「トクン、トクン。」リリの胸の中で何かが動かされるような感覚がした。

生命の音や色が目の奥に焼き付いていき、瞬時に記憶と変わりはじめた。

 

「なんだか面白いかも」

 

リリは心の中から溢れでてくる胸騒ぎを感じた。

 

その日からリリは変わり始めた。引きこもっていたことが嘘のように毎日朝から夕方まで忙しそうに村はずれの原っぱや川、畑をどろんこになるまで探検するようになっていた。

 

魔力の無いダメな子、ポンコツ、不良品、欠陥品。蔭口は何処からも聞こえていた。

私のせいで家族もどんな目で見られてきたことか。なんて言われてきたろうか。

優秀なお姉ちゃんと比較されることも沢山あった。

 

リリはそれを9歳のあの日からずっと気にして生きてきた。

 

周りの目が変わる事はなかったが魔法使いにしがみつくことを捨て、新しい好奇心に目を向けだしたリリに  とってそんなことはもう過去の事だった。

 

結局あれから一度も教室には行くことは無かったがその代わりにノートとペンを詰め込んだ鞄を持ち、一日中村はずれを駆け回っていた。

ここに生息する生き物、鳥、魚、植物、昆虫、見つけた物は全て採取や観察をし記録した。動物の行動パターン、植物の生える場所。事細かく調べていった。やがてそんなことを繰り返していたリリは動物の鳴き声で種類はもちろん感情も分かるようになっていた。

 

そんなリリだが一番興味をひかれたのは色とりどりの植物だった。

リリは野イチゴ、アカスグリの実、ブルーベリー、たんぽぽ、ワスレナグサ、ルピナス、・・・色鮮やかな木の実や花を沢山持ち帰り熱心に研究した。

木の実は甘酸っぱい味がして鳥がその実を食べることで種を運び子孫を残す役割をする。青や紫の花にも蜜があり蝶やミツバチがそれを求め受粉をする。

本来は本や図鑑で習うものをリリは全て生き物の創り、生息状態、観察といった方法で考察し分析できるようになっていった。

 

だが、胸を熱くする興味はそれらの色だった。

植物の多くは得意とする季節があり、その時期に子孫を残す役目を終えると枯れていく。あんなにも美しいのに。

この色を保存する方法はないだろうかと考えるようになった。

 

きっかけは些細な事だった。

野イチゴを研究していた日のこと、つまずいて転んだ時に実をつぶしてしまい着ていたローブを汚したことだった。そっけないアイボリー色の生地にきれいな赤色が染みついた。

リリは衣服に赤色がついたことに喜びを感じた。自分が美しいと感じる色を身につける、それがなぜ喜びに繋がるのかがわからなかった。

試しにタンポポを耳に挟み川を覗いた。

耳元に黄色い花がある自分を見て「うそ!かわいい」と思わず声が出たとき、赤面をしながら誰かに見られていなかったかときょろきょろと辺りを見回した。

しかし、摘み取った花はやがてしおれてしまい染まった野イチゴの赤も茶色く変色していった。

 

リリはまた思慮深い題材をみつけてしまった。

色を身につけるとなぜか恥ずかしいような嬉しい気持ちになったのか。

この鮮やかな色をそのまま抽出し保存する方法はないだろうか。

また新たな研究がはじまった。