魔法使い リリ ④

色彩研究とウルルお婆さん

リリは11歳の秋を迎えたが研究の難航は続いていた。

春から夏にかけて押し花にしたり、潰して汁をしぼり出したり、煮だしたり、試行錯誤してきたが色というものは何とも繊細で全て失敗に終わっていった。

 

家族は部屋に閉じこもってばかりのリリが明るさを取り戻したことに多少安堵したが、その不可解な行動に戸惑っていた。

庭で薪を燃やし、鍋で植物を煮込みながらブツブツと独り言をするリリを影で心配そうに母親はみつめていたのだった。

 

リリは研究が手づまりとなり、深い溜息をついた。そこに「トントン」と扉を叩く音が聞こえた。

リリはハッと息をのみ、背筋が急にピンッとのびた。

「リリ、お母さんだけど。その、、お父さんいないから。少しだけ話せない?」

優しさの中に何処か緊張感を秘めたお母さんの声がした。

少し前まで、それがたまらなく辛かったはずだった。でも今ならもう大丈夫かもしれない。そう思えたリリは

「うん。いいよ。」

そう応えると、ドアは気をうかがうようにゆっくりと開いた。

リリはこんな風に人と家族でさえも向かい合うのは久しぶりで、どうしたらいいか分からなかった。目線を落としたまま呟くように

「ど、どうしたの。何か用なの。」

お母さんに冷たい言い方をしてしまったとリリは思った。それを取り返そうと心のなかは焦りでどうにも止まらなくなった。

「すごいわ。とってもきれいね。これ全部リリが集めたの?」

母親は部屋の壁一面につるしたドライフラワーを見て言った。

「うん。植物の研究をしてるから」

「ここ最近のリリは楽しそうだから、気になっちゃったの。お母さんに話きかせて。」

温かいお茶が入ったマグカップを受取り、リリはベットに並んで腰を下ろした。そして、今まで研究してきた事を話はじめた。

母親はずっと笑顔で、嬉しそうにリリの話をきいていた。リリも嬉しくて集めた資料を持ち出しては研究で知り得たことを話つづけた。

窓に差し込む日差しはすっかり傾き、カーテンを揺らす風が少し寒さを感じさせたとき二人は時間の経過に気がついた。少しの沈黙のあとに母親はリリを抱きしめていった。

「おかえりなさい。私のリリ」

 

不意を突かれたリリの目は点になり、体は硬直した。少ししてからだろう、母の体温がじっくりと伝わってきた頃に自分はずっとこうして欲しかったのだと気がついた。2年もかかってしまった。

ごめんなさいという言葉の代わりに

「ただいま。お母さん」。そう答えた。

抱きしめられた温もりはお茶にとけたハーブとハチミツの香りがしてとても心地よかった。

 

「あら、いけない!急いで夕食の準備をしないとお父さん帰ってきちゃうわ!」

リリのマグカップを受取り部屋から出かけた母親は振り返り

「どお、今夜は一緒にご飯たべない?」

 

少し考えたフリをしてリリは首を横に振った。

 

「そう、いいのよ。気にしないで。そうだ、さっきの研究の話!明日いっしょにウルルお婆さんの所にいって相談してみない?なにか知恵をわけて下さるかもしれないわ」

「うん。わかった。ねえ今度、ご飯つくるの手伝ってもいい・・かな」

もちろんと母親はほほ笑んだ。

 

リリは母親に連れられてウルル婆さんのお家を訪ねた。

まるで研究室のような薄暗い部屋で棚の上にはガラス製の瓶、液体やピンに刺さった標本などが所狭しと並んでいて少し気味が悪かった。

ウルル婆さんは村の最長老で魔法のことなら誰よりも詳しかった。若い頃は村一番の優秀な魔法使いだった事もあり長い間お城の占星術師を務めていた経歴を持つ。

母親はウルル婆さんとの挨拶を終えると玄関の扉から恥ずかしそうにのぞき込むリリに手まねきをした。

「こんにちは、ウルル婆さん。」

「こんにちは、リリ。久し振りだねぇ。もう少し近くに来て顔を見せてくれるかい」

揺り椅子に座るウルル婆さんの傍で膝をちょんと曲げて挨拶をした。

「大きくなったもんだね。どれどれ。」

リリの頭にしわしわの手をのせて目をとじた。しばらくすると目を見開き驚いた顔を見せた。

「ホホホゥ、こりゃ実に興味深い。長生きはするもんじゃのー。」

「それでどうした?なんか用があったろう。」

リリは母親の顔を見上げると頷いてくれた。それから少しばかり緊張しながらこれまでの研究の話をした。

ウルル婆さんは興味深そうにうんうん、ヘー、と相槌をしながら聞いていた。

「なるほどのー。つまりは、その生きた物たちから色をわけてもらいたいわけか」

「分けてもらう?」

「そりゃ、生き物の色をありのまま頂きたいわけじゃ。お願いせんと無理にきまっとる」

「お願いしたらできるの!?」

「口で教えるよりも見せたほうが早い。ほれ、何でもええ。はよぉ摘んでこい」

リリは目をキラキラさせながら駆けていった。

「あとは面倒みるきに」

リリの母親は宜しくお願いしますと深く頭を下げるとウルル婆さんはにこりと頷いた。

 

リリはしばらくすると両手いっぱいの木の実や花を持ち帰ってきた。

ウルル婆さんはよしっと言うと座ったままリリに次々と準備をさせた

テーブルのうえに水の入ったガラス瓶が三つ、アルコールランプ、野葡萄の実、キラキラした砂。

「この綺麗な砂はなに?」

「おやおや、星の砂も知らんのかい。しょうがない子だね。まあ見てなぁ」

リリはウルル婆さんの指示とおりアルコールランプの蓋をとりスタンドの上にガラス瓶をのせた。

※このキラキラした砂とは星の砂と呼ばれ、月の光を多く含んだ石や砂で魔力を宿すもの。

普通の人でも簡易的な魔法を使えるようにする燃料みたいな物で、地球でいうとこの電気やガス、ガソリンみたいな役割をします。

ウルル婆さんは人差し指をピンとのばし指先が白く光ると三角を宙に描いた。

するとアルコールランプにぽっと火が灯った。

「湯が沸いたら星の砂をスプーン一杯入れるといい」

リリはドキドキした。一体どんな魔法が見られるのだろうか。そして本当にきれいな色が出来るのか。

ガラス瓶の湯がボコボコと沸くのをみてリリは星の砂をすくって入れた。そしてそれを見たウルル婆さんはブツブツと呪文を唱えた。すると、ガラス瓶の水はみるみると金色の水になり光だした。

「ほれほれ、ひかっとる間に木の実を入れてごらん。」

キラキラと光る金色の水に見とれていたリリはハッとなりあわてて野葡萄を入れてみた。

ガラス瓶のお湯はウルル婆さんの魔法で蜂蜜のようにとろっとした液体に変わっていて、野葡萄はゆっくりゆっくりと沈んでいった。そして瓶の底に辿りつくの確認すると、

「もうええじゃろう。ゆっくり引き上げてみぃ」

頷くとヘタを摘みゆっくりと引き上げた。

するとガラス瓶の水の表面を境目に、引き上げられた野葡萄の実は真っ白になっていった。

ウルル婆さんは光る指先で今度は逆三角形を描くとランプの火が消え、瓶の水も光が消えていった。

リリの右手には実の部分だけ真っ白にされた野葡萄が残り、ガラス瓶の水は青紫色の液体に変わっていた。

 

「凄い!凄い!こんな事が出来るなんてウルル婆さん天才だわ!」

「驚くのはまだ早いぞい」

ウルル婆さんは楽しそうに立ち上ると奥の戸棚からホコリのかぶった木箱を持ってきた。

箱を開けると中には5センチ位の少し小さめなガラスの試験管がぎっしりと入っていた。

 

「さあ、どれでもええ。この中に液を移してみぃ」

「はい。・・・ええとぉ。」

リリは液体の体積を目分量で予測して5つ取り出した。それを見たウルル婆さんは少し意地悪そうに笑った。

溢さないように丁寧に液体を移していると

「あれ?なんで?全然あふれない。ぜ、ぜんぶ入った」

「ククク、驚いたじゃろぉ。この試験管には強化の魔法がかけてあってな」

ウルル婆さんの話によると、試験管には特殊な魔法が幾つかかけられていた。

・割れたり傷が付かない・・・かけられた魔法の強さ未満の衝撃は無力化される

・容量の増加     ・・・50ml→5000ml入るように強化されている

・品質保持      ・・・注がれた時の状態が永続的に保たれる

 

「もうちぃと性能をあげれば自動生成といった付与もできるが、それには特殊な鉱石が必要でな。ここでは手に入らん」

「凄い、私知らないことだらけだった。」

「そりゃ、ちーっともワシの教室にこんかったからの。」

ウルル婆さんは怖い顔をしてリリの顔を睨んだ。

リリはローブの裾を握りながら

「だって、私。魔法が使えないだもん。魔力がなかった・・・から」

「ふんっ。気がつかんかったろ。さっきワシが魔力を使ったのは火をつけて、消した時だけじゃ」

「えっ、でもさっき」

「あれは、星の砂の力を使っただけ。勉強すれば誰でも使える。」

「誰でも??」

「そう、誰でも。ちゃんと魔法のも勉強する気になったかえ?今からでも遅くはないぞぃ」

リリは嬉しくて涙を流しながらお願いしますと頭を下げた。

 

その夜、リリは今日の出来事を話しながら晩御飯の準備を手伝った。

それでも夕食は部屋ですると去って行ったが、リリの笑顔をみて母親は喜んでいた。

 

食卓でお祈りを済ませた後のこと。

「あなた、今夜のスープはリリが作ったのよ。」

その言葉に無口な父親は何も言わなかったが嬉しそうに残さず食べていったのだった。

 

その頃、リリはベッドに寝転がり青紫の試験管を嬉しそうに何度も握りしめ眠りについた。

 

次の日からリリの魔法修行が始まるのでした。