挫折の先へ

挫折の先へ

 

あの事故から数年経っていた。

未だにぼくはここから抜け出せないでいる。

 

あの頃とあの日の粋がっていた自分を責めて、悔やんで。

後悔で押しつぶされそうになる。

動かなくなった足、それに目を閉じてもあの日のように風を感じることがもう出来なくなってしまった。

 

また海へ出たい。風を感じたい。

この空をもう一度・・・。

 

 

ぼくは誰に褒められたかったのだろうか。なぜ一番になりたかったのか。

自分で息苦しい生き方をなぜ選んでいたのか。

 

今となってはもう分からない。

 

 

丘の上、海を見おろす高い崖に小さなヨットの残骸が一艘。

 

杖を放り、その横に寝そべった。

少し肌寒い風が頬を通った。

 

もうすぐぼくは大人になる。

 

「あいつは船のマストに頭ぶつけておかしくなったのさ」村中の人達からぼくはそう馬鹿にされていた。

この村ではもう生きて行けないのかな。

だからってこの足で何処に行けるというのか。

 

今日もそんな事を考えて日が暮れていった。

 

 

 

 

季節は変わり、温かい日差しに包まれた穏やかな朝だった。

ぼくは今日で20回目の誕生日を迎えた。

別に何も特別な事はないし、誰かに祝ってもらう事もない。

想像していたよりもぼくは凄く簡単に大人を迎えた。

 

いや、本当になれたのか? 自分も周囲の環境も何ひとつ変える事が出来なかった。

何だか悲しさ虚しさがこみ上げて胸が苦しくなった。

 

 

ダメだ。そっちに行ってはダメだ。

 

 

ぼくはまたいつもの丘に向かっていた。

「本当はわかってる。あそこに行ってはダメだ、にげてばかり。もう戻ることも出来ないし、同じ夢は絶対に叶わないのに。」

丘を登りながらそう何度も呟いた。

わかっているのにどうしようもない。

「今日で最後にしよう。本当の最後にしよう」

 

先が見えない恐怖よりも先が見え透いた人生に希望がみえないと。

ぼくは涙をこぼしながらヨットへと歩いた。

 

 

 

丘を越えて、林を抜けると海を見下ろす絶壁の崖があった。

ぼくのヨットは今もそこにある。

 

だけど今日はいつもと少し違っていた。

横たわった小さなヨットの残骸に見知らぬ男が一人腰を掛けていたのだ。

 

誰もこんなところに来やしないと油断していた。近くに行くまで気がつかなかった。

ぼくは慌てて涙をぬぐった。

 

見知らぬ男は髭を生やした口でパイプの煙を吹くとこちらに気が付き声をかけてきた。

「やあ、こんにちは」

「あ、はい。こんにちは」

男の声は明るく気さくな感じがした。それと同時に久しぶりに声を掛けられたと思った。

ぼくは見られないように涙を拭いた。

 

「なあ、不思議だと思はないかい?なんでこんなところに船があると思う?」

その男は突然語り掛けてきた。

どうせ本当の事を言っても馬鹿にされるだけと

「さあ、どうせ津波かなんかじゃないですか?」

ぼくはそう答えた。

もちろん、ここまでの高台に届く津波なんてありえない。本当に馬鹿げた返答だった。

 

男はしばらく沈黙したあとぼくの事をじっとみながら

「なあ、こんな話を知ってるかい? この世の何処かにある空飛ぶヨットを」

 

驚きを隠すようにぼくはうつむいた

「さあ。そんバカな話聞いたこと無いです」

 

男はぼくのヨットを右手でそっと撫でた

「そっか。でもさ、これ君の船だったんだろ?」

 

そう言い終えたとき、男の目は真剣そうにぼくをみつめていた。

 

 

ぼくの言う事なんて誰も信じてくれなかった。

嘘つきと笑われるたびに自分ですらあの出来事は夢だったのでは、と錯覚を起こしていた。

 

髭の男とぼくは傾いたヨットに並んで腰を掛けた。

 

男はまたゆっくり話だした。

「笑わないで聞いてくれるかな。」

ぼくはうつむいたまま頷いた。

 

2年前のことだった。当時、大学の教授をしていた私は研究のため船に乗って遠い国に渡っていた。満月の夜、湿った空気はより重さを増し雨雲が現れるとあっというまに空を黒く染めた。

打ち付ける雷雨と激しい波が船を大きく揺らした。

船乗りたちは大きな声でデッキを右往左往と駆け回り、傾く船を沈ませないと戦っていた。

私は客室をでて柱に必死にしがみついていた。

どのくらい経っただろうか。1時間、それとも2時間。あれは本当に地獄だった。

もうダメだ。しがみつく腕も握力もとっくに限界を超えていたその時、雨が弱まると、雲の切れ間から一筋の光が差し込んできた。

 

私は空を見上げた。

 

雲の切れ間と切れ間の間を縫うように小さなヨットが空を飛んでいた。

あれは私たちをあざ笑うかの様に滑らかで優雅な滑空だった。

あまりにも神々しくて、天の迎えがきたと思うくらいだった。

 

私は見たのだ。陽の光に照らされて輝く、空飛ぶ船を。

 

そして、あれからずっと私は夢中になってさがしているのだ。

あの船の謎を解き明かす方法を。

 

「噂を頼りにここまできた。君のことは下の村で調べさせてもらったよ。そしてこのヨットに辿り着いた時から私の興奮は鳴り止まらない!」

髭の男は少年のようなキラキラした目でぼくを見て

「私は笑わない。全て信じると誓う。今度は君の話を聞かせてくれないか?」

 

ぼくは髭の男に過去の出来事すべてを話した。

 

すると男はぎゅっと両手を握りしめ、肩を震わし泣きながら喜んだ

「やったぞー!!」

髭の男は立ち上がり海に向かって叫んだ。

 

「君だけじゃない。私もずっと笑われ続けた!大ホラ吹きのイカレタ研究者とバカにされたことだってある」

そして振り返り、ぼくの目をじっと見つめた。

「だけどもう一人じゃない!なあ、私と来ないか!あの不思議な船の村探し、この帆の秘密、宙に浮かせる風、一緒に解き明かそうじゃないか!今度は私もあの空へ連れていってくれよ!!」

 

髭の男は大きな手をぼくに差し出した。ぼくは何もためらうことなくその手を掴んだ。

 

 

 

髭の男とぼくはこの村を出て研究の冒険へと旅立った。

 

それからどうなったかだって??

 

あの不思議な船の村は見つからなかった。

だけど長い年月の末、魔法をかけた帆の秘密は解き明かす事が出来たのだ。

ぼくたちはより安全で、大きくて、沢山の人が乗れるように更なる研究を続けた。

陸の風、その気まぐれな風にも負けないプロペラだって作り出した。

 

その空を飛ぶ大きな船をいつからか人々は「飛空艇」と呼ぶようになった。

 

 

今日も私は操舵輪を面舵一杯回し、振り返る。

すると彼がいつものようにパイプの煙をふかして笑ってくれた。