【ジジルとジジジの魔法の杖】③

そして時は流れ、それから何十年たちました。

 

 

コンコンコンとドアをノックする音が鳴りました。

「どうぞ、お入りなさい」

広い書斎に召使がお辞儀をして入ると

白髪になったポルトは一通の手紙を受け取りました。

 

差し出し人はジジルでした。

 

 

手紙を読んだポルトは召使に「しばらく休暇をもらうことにした。留守を頼むよ」そう告げると身支度をして屋敷をあとにしました。

 

客船で海をわたり、馬車に乗ると海岸沿いを走りました。

しばらくすると見晴らしの良い高台に小さな家がポツンと立っていました。

 

帽子を取りノックをするとゆっくりドアが開きました。

ドアの向こうにジジルとジジジが立っていました。

「おお!ポルトさん!会いたかったぞ」

「ジジルさん!元気そうでよかった!」

二人は手をぎゅっと繋いで久しぶりの再会を喜び合いました。

 

それは昔と変わらない挨拶でした。

 

 

ポルトは家に入ると出されたお茶を口にしてジジルとの再会を楽しみました。

 

「今日は泊まっていけるのかポルトさん」

「はい、もちろんですジジルさん。お話したいことが山ほどございます」

 

ジジルとポルトが再会したのは数年ぶり、いや十数年ぶりだったかもしれません。

ジジルの見た目は相変わらず紫色のしわしわ。

青年だったポルトは老人となりしわの数はジジルと同じくらいになっていました。

 

日は沈み静かな夜を向かえました。

ゆらゆらと揺れるランプの明かりにグラスを傾けながら二人の話は続きました。

「ジジルさん、少し懐かしい話をしても宜しいでしょうか」

「ああ、もちろん。聞かせてほしい」

 

ポルトの昔話。

ポルトは小さな村の貧しい家で生まれ、16で家を飛び出した。

あちこちを転々としながら独学で商売を学び、世界を旅や冒険してまわった。

いつか自分のお店を持ち、親兄妹を養ってやるのだと夢みていたが世の中はそんなに甘くはなかった。上手くもいかないし、危険な思いをすることも多かったがポルトは決してあきらめることはなかった。

ジジルと出会ったのは25の頃。

それからエルフの町、ドワーフの町、トカゲの村、不思議な国々をめぐり様々な人種を越えて交流をしてきたのだった。

 

その全てのきっかけ、自分を変えてくれたのはジジルだとポルトは語りました

ジジルは嬉しそうにポルトの話を聞いていました。

 

「ポルトさん、わしもじゃよ。こうしてあちこちに別荘を作ってくれて。何不自由ない暮らしをさせてもらい、ジジジと二人でいろんな景色を見させてもらった。あの森から出ることが出来たのは全てあなたのおがげじゃよ。」

 

「私こそジジルさんの杖を売らせて貰えたことで世界各地に店を構える事が出来た。親孝行も出来ました。私には少々出来過ぎた人生でした。」

ポルトは目を滲ませながらそう応えました。

 

ジジルは席を立つと棚の中から包みを取り出し、ポルトに渡しました。

「ジジルさん、開けても?」

ジジルは頷きました。

包みを開けると、キラキラと輝く魔法の杖が現れた。

「これが最後の杖じゃ」

「そうですか。ついに見つけられたのですね」

ジジルはまた頷いてみせました。

 

 

ポルトがまだもう少し若い頃。

そう、こんなふうにジジルを訪ねた時のことでした。

 

「ずいぶん忙しそうじゃないか。ポルト」

「ああ、店を持ってから休む暇もないよ。それにジジルさんもなかなか手紙くれないから、こうして会いにくるのも一苦労だよ」

 

いつものようにお酒を交わしながらふたりは語り合っていました。

「ジジルさん、ちょっと聞きたいことがあるんだが、いいかな」

「なんじゃ、改まって」

「最近の杖、デザイン変わってきたよね。なんていうか、鍵?そう、大きなカギのような形に見えるんだ」

「・・・」

「いや、今も変わらずジジルさんの杖は人気だ。問題ない。ただなにか理由があるような気がして俺は聞いてみたかったんだ」

 

少し沈黙が続き、グラスの氷がカランと音をたてました。

ジジルは重たそうに口を開きました。

「ポルトに進められて杖を作り始めた。お前さんが会いに来てくれるのが嬉しくてな。そして、お前さんが喜んでくれるからそれは作り甲斐があったさ。」

「ジジルさん、もちろん俺もさ。あなたは俺の親友さ。見えないがジジジもな」

「ああ、わかっとるよ。」

「良かった。それで、どうしたんだい?」

 

「ふと思い出したような気がしたんじゃよ」

「昔のこととか?」

「ああ、あの森に住み着く前のことを。朧気じゃが、そうこんな風に昔も魔法や杖を研究していたような気がしはじめたんじゃよ」

「うん、確かにな。ただ偶然にこんな杖が突然作れるようになる話、他じゃ聞かないし。俺もそんなことは思っていたんだ」

「なにか、こう。思い出せないが、作りたい杖。いや、もっと重い気持ち。作るべき使命のような杖があったに違いない、、、と思う様になったんじゃ」

ジジルはそう申し訳なさそうに打ち明けた。

「そうか、その使命のような杖ってのが カギのような何か ってことか」

 

「わかった、ジジルさん。契約を変えよう。これからは好きな時に好きな杖を作ってくれ。そしてジジルさんがその使命を思い出すことが出来たら取引は幕を降ろそう」

ジジルは頷くと二人はグラスを鳴らして乾杯をした。

 

 

あれから十数年経った今でもその日の約束、交わした言葉を二人は覚えていたのでした。

 

楽しい時間はあっという間に過ぎていきました。

 

翌朝、迎えの馬車が着きポルトはドアを開けました。

帽子を被ると振り返り、見送るジジルの手を握ると

「それではジジルさん、お元気で。いつかまたお会いしましょう」

 

馬車は走り出し、二人はお互いが見えなくなるまで手を振り続けました。

 

 

馬車のなかでポルトは包みを開き受け取った最後の杖を取りだしました。

それはとても美しい杖でした。ポルトは今まで沢山の杖を見てきましたが、これはジジル最高傑作の一つだと思えました。

ジジルからの呼び出しに終わりが告げられることをポルトは悟っていました。

こみ上げる寂しさを押さえるように杖をぎゅっと握りしめました。

ふと包みの中に手紙が入っていることに気が付きました。

 

 

ジジルからポルトへの手紙

 

「親愛なる友 ポルトへ」

突然の知らせにも関わらず、会いに来てくれてありがとう。

私はこれから真の杖を作る旅に出る。

その前に君の顔がどうしても見たかった。

 

 

君と出会えたことを今も神様に感謝している。

 

打ち明ける事が出来なかったが。どうやら私と君とでは時間の経過が違うらしい。

恐らく私にかけられた呪いか何かのせいだろう。

 

君は歳をずいぶんと重ねたようだ。それを私は喜ばしいことだと思っている。

最後の杖はポルト、君に贈りたい。

 

どうか君が病気をしないように、重い体や痛む足腰が少しでも和らぐように想いを込めて作った。

 

私から君への最後の贈り物になるだろう。

 

ジジル

 

 

 

 

 

 

 

 

「有難う、ジジルさん。どうかお元気で。」

堪えていたポルトの目からとうとう涙があふれ出てしまいました。

 

ジジルとポルトはこれが最後の別れになりました。

 

そして、ジジルとジジジの記憶を追う杖作りの旅がこれから始まるのでした。